食育の課題に向き合うには幼少期の自然体験が不可欠
〜食育のスペシャリスト・上岡美保教授インタビュー【後編】〜

インタビュー

2022.04.25

栄養バランスや食事マナーだけでなく、食料不足や環境問題、農業の衰退、自然災害など社会全体として取り組むべき多くの課題がある食育。複雑に絡み合うこれらの問題を解決していくには、まずは私たち消費者一人ひとりが関心を持つことが第一歩だと上岡教授は話します。

そして、こうした問題に関心を持てるかどうかは、幼少期の自然体験が関係するのだそうです。

家庭菜園でニンジンのタネをまく女の子。

─ 自然に触れる経験があるとないとでは、成長過程で何か違いがあるのでしょうか。

上岡教授:
例えば野菜を一つ育てたとして、育てる過程で小さな苗を愛しむことは他者や他の生物への思いやりを育てるでしょうし、収穫の喜びや達成感は自信を育んでくれます。
実際、小中学生を対象とした農村での農業体験に関する研究では、緊張や不安、怒りが低下するといった報告もされています。※1
また一方で、うまくいかなかった時も、なんで枯れちゃったのかなと考えてみると、そこには土壌の話、微生物の話、農薬、肥料、生物、気候、昆虫…と、ありとあらゆるテーマが出てきて、いろんなことが関係して野菜は実を結ぶんだということがわかります。

農家が百姓と呼ばれるように、農業には百の知識が必要ですが、それを学校教育に置き替えれば、生物や化学、数学など科目を横断するまさしくアクティブラーニングです。
※1 論文番号(農林漁業体験):9,11
論文一覧(農林水産省ホームページ

学生に教えてもらいながら、花苗を植えつける女の子。写真提供/東京農業大学

自然に親しむことは
知性や感性を育む第一歩

─ 自然に触れることは、知的好奇心を少なからず刺激し、視野を広げてくれるんですね。教授ご自身は幼少期にどのような体験をされたのでしょうか。

上岡教授:
先ほども言いましたが、私自身は香川県の自然の多いところで育ちましたので、土に触れることは日常的でしたし、遡ってみれば幼稚園のときのイモ掘り体験なども食や農に関心を抱くきっかけになっているかもしれません。
あとは単純においしいものが大好きというのも関係していますかね(笑)。
中学生の時に合宿で山形県酒田市の学校で寝泊りする経験があったのですが、そのとき三食出されたお米のおいしさに衝撃を受けたのはいまだに覚えています。冷めてもおいしいんですよ。帰宅してからそのおいしさを家族に力説してしまいました(笑)。

─そういう体験が現在の食育の研究につながっているんですね。農大の学生さんも幼少期にそうした経験をされたことが学びのきっかけになっているんでしょうか。

上岡教授:
確かに多いですね。ある学生は小学校のときにペットボトルで稲を育てた経験があって、その子の稲だけものすごくよく育ったそうなんです。それが嬉しくて、自分はこういうものを育てるとか、ものを作ることに興味があるんだということを進学の際に改めて気づいて、本学を選んだという学生がいましたね。

農大の学生はそういう体験を持った子が多いように思いますが、本学の学生達は面白い子達がいっぱい育っていまして、今、学生ベンチャーも熱いんです。

─ 例えばどんなベンチャーでしょうか。

上岡教授:
ある学生は、大学でマイクロプラスチックの環境破壊の問題を学んだことをきっかけに、植物を原料とする完全生分解性の「草ストロー」というものを開発して2年生のときに会社を立ち上げました。
その学生はベトナムに旅行した際、ストローのように中が空洞になっているイネ科のレペロニアという植物と出会って、これが脱プラ問題解消になると発想したわけです。

また別の学生は、4年生のときに竹の繊維を使った歯ブラシを開発し、会社を運営しています。竹は先ほどもお話したように里山の荒廃によって、今いろんな地域ではびこり、生態系への影響や災害要因として問題になっていますが、そうしたことを学んだことが開発のきっかけになっています。

さらに、食品残渣ざんさ※2を用いてコオロギの餌にし、そのコオロギをタンパク源とする食品の開発を行い食料不足の問題に企業と取り組んでいる学生もいます。
本当に新しい柔軟な発想で社会の課題を解決に導ける人材が多く育っていて、頼もしく思います。
※2 飲食店の調理の際に出るゴミや客の食べ残し、売れ残り、消費期限切れの食品など食品関連事業所から出る食品由来のごみ

学生が開発した「草ストロー」/写真提供HAYAMI

─ すごいですね。学生たちは新たな発想をたくさん持っているんですね。そういう発想を持てるかどうかというのにも、まずは幼い頃の自然体験が関係しているんですね。

上岡教授:
そうですね。自然に触れるという経験は、すぐに教育の結果として表れるものではないのですが、体感したものは必ずその子の糧となり、地域の自然を大切にできる心を持つ人に育ったり、先ほどお話した学生達のようにユニークな発想を生むことにつながると思うんです。

私は今「教育未来想像会議」という岸田総理を長とする会議に参画しているのですが、そこでは日本が将来ありたい社会像に向けて、どのような人材を育成すべきかということが話し合われています。
今、求められているのは、イノベーションを起こすことができる人材、そして環境や地域に配慮したエシカル消費を選択できる人材です。そうした人材を育成するのは容易なことではなく、膨大な時間が必要です。
ですから、私は大学で学ぶ前の初等・中等教育、もっと前の幼少期の段階から、自然に触れる教育が絶対に必要だということを会議で申し上げています。幼少期に自然に親しむことは、知性や感性を育む最初の芽を生むことにつながるからです。

御社が取り組んでいるベジトラグキッズ※3は、その入り口としてとても素晴らしいものになるのではないかと思います。そしてお子さんを通して、大人もさまざまな気づきがあるはずですので、食育のことを家庭で考えるきっかけづくりになるといいですよね。
※3 ベジトラグキッズ:タカショーとJPホールディングスが協同で行っている食農・食育プログラム

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