2020年以降、コロナ禍による生活様式の大きな変容にともない家庭菜園人気が急上昇しています。特に、小さな子どものいる家庭では親子が屋外でリフレッシュしたり、土に触れる貴重な機会として家庭菜園を始める人が増えています。「育てる」「収穫する」「食べる」という一連の行為の中には、単に楽しさだけでなく、さまざまな学びの機会があります。
こうした体験が子ども達にどのような影響を与えるのか、食育の専門家で東京農業大学副学長を務める上岡美保さんにお話を伺いました。
さまざまな課題を抱える「食育」
食育という言葉は私たちの生活のなかでもしばしば耳にします。そこで子育て中の人に食育の説明を求めてみたところ、多くの人が「栄養バランスの教育」や「食事マナーの教育」と答えました。
─ 食育は、こういった食事に関する教育と考えていいのでしょうか。
上岡教授:
もちろん、栄養バランスや食事マナーの教育も食育の一つですが、食育にはもっと多様な意義があり、子どもに対する教育だけでなく、社会全体で取り組むべき課題が山積しています。
例えば、食糧自給率の問題があります。日本の食料自給率は現在、37%(カロリーベースによる試算)で、食事の6割以上を海外に依存しています。これが何を示すかというと、現在世界中で見られる異常気象や国際情勢の変化によって輸入が制限されれば、すぐさま食料不足に陥るリスクと日本は隣り合わせにいるということを示しています。
ちなみに最も自給率の高い国はカナダで266%。アメリカ、フランスも100%以上です。世界の主要国と比較し、かなり日本は深刻な状況です。
また、これだけの食料を海外に依存しているということは、輸入国の農地や水といった資源も日本が借りていることになりますし、輸送時には多くのCO2を排出しますから、地球環境に多大な負荷を与えています。
さらに、食料輸入の加速は国内農業の衰退にもつながっています。農業は単に食料を生産し供給するだけの産業ではなく、もっと多面的な機能を持っており、農業の衰退が思わぬ自然災害を引き起こしています。農業に従事する人がいなくなり、農村に人がいなくなると里山が荒廃します。山林に人の手が入らなくなると、山の木々は痩せ細って、昨今のような局所的豪雨に見舞われると簡単に地滑りを起こしてしまうんです。
実際にこれまで経験したことのなかった土砂崩れや洪水が各地で起きてしまっていますが、異常気象に加え、農村・里山の荒廃もその原因です。
─ 食料自給率というテーマだけでも、食料不足や環境問題、農業の衰退、自然災害まで、さまざまな問題があり、それらはすべてつながっているということなんですね。
上岡教授:
そうですね。日本は飽食の時代と言われていますが、食にまつわるさまざまな課題を抱えており、それらを解決していくための手がかりとなるのが食育です。
フードロス問題もみなさん耳にしたことがあると思いますが、これも食育の重要な課題の一つです。日本が飽食といわれる一方で、世界に目を転じてみれば栄養不足人口は8億人にも上ります。世界人口の9人に1人が飢餓状態にあるのに、日本では令和元年度の地点で、年間570万トン※の食品ロスが排出されています。国連WFP(世界食料計画)の世界の食料援助量が年間約420万トンですから、世界中で飢餓に苦しむ人々に届けられる食料より、はるかに多い食品が日本国内で廃棄されているわけです。
※農林水産省発表食品ロス量令和元年度推計値
─ 大問題ですね。賞味期限が切れそうな食べ物がないか冷蔵庫を見直さないといけないです…。
土に触れる機会のない
都会の子どもたち
上岡教授:
そうやってまず問題意識を持つということが大事なんですね。このようにお伝えすると、みなさん問題に気づいて、冷蔵庫を見直すとか自分でできることをやってみようと思うんですね。
行動を変えるにはまずは知るということが大事なのですが、関心を持っている人とそうでない人とでは、知識量も違いますし、意識にも行動にも大きな差が生まれます。
なぜこうした差が生まれるのか、関心を持てるかどうかという感性は、幼少期の体験が大きく関わっているというのが私の考えです。
─ 例えばどんな体験なんでしょうか。
上岡教授:
最近、学生と一緒に小田急沿線の経堂コルティというスーパーの屋上ガーデンで、子ども達と一緒に花壇に花を植えるというワークショップを行ったんですが、じつは私、花を植えるということが子ども達にとってそんなに楽しいかなぁなんてちょっと心配していたんです。
でも実際にやってみたら、一つ苗を植えたら「もっとやりたい!」と言って、どの子もとても楽しんでくれたのでホッとしました。
そして、保護者の方とお話をしていたら、「うちの子、土を触るのが初めてなんです」という方がいて驚きました。私自身は香川県出身で、幼少の頃といったら土に触れ放題でしたから、土に触れずに育つ子がいるということは衝撃的でした。
─ 都会のマンション住まいだと、意識しないとなかなか土に触れる機会がないのかもしれませんね。
上岡教授:
そうですね。土に触れる機会がなければ、農業なんか関心の持ちようがないわけで、イモがどうやって育っているかとか、落花生がどうやって実るかなんて知らないまま育つわけですね。
そしたら必然的に食育への関心度も低くなってしまいますから、今回のような土に触れる機会を創出していくことも大事だなと改めて思いました。
私は食育にかかわらず、幼少期に自然に触れるということは、将来どのような人になるのかという人間形成においても非常に重要だと思っています。
自然に触れる経験があるとないとでは、成長過程で何か違いがあるのでしょうか?
(続きは後編にて)